光よりも速く
光よりも速く 高速を超える粒子。その粒子の名を持つ馬がいた。どんな馬場でも、彼は常に先頭で駆け抜ける。与えられた名を、見事に体現して見せた馬。彼の名は、アグネスタキオン。
競争生活はわずか4か月。出走回数わずか4回。
名前の通り、あまりにも早く過ぎ去っていった。
彼の兄はアグネスフライト。ダービーを制した馬であり、彼自身も兄に劣らず、馬産地で評判になるほどの逸材だった。
デビュー戦を勝利で飾り、続くG3ラジオたんぱ杯をレコードで圧勝。この時下した相手には、ジャングルポケットとクロフネという、後に世代を代表する馬が含まれていたにもかかわらず、二馬身半をつけて実力を見せつけた。
年が明けてクラッシクに臨む年、弥生賞に出走した彼はここも難なく勝ち上がる。
極悪と言われた不良馬場にも関わらず、着差は5馬身。ボーンキング、マンハッタンカフェなどの有力馬を子ども扱いしての勝利だけに、周囲は『三冠確実』とまで騒いだと言う。
そして三冠レースの一つ、皐月賞。
押しも押されぬ一番人気の彼は、まるで条件戦かのように危なげなく皐月賞を勝つ。周囲からは、この馬以外に三冠はいないという声が上がり始める。
全てが順調だった。だが、彼の運命は突然牙を剥いた。
皐月賞から約三週間後、アグネスタキオンは左前浅屈腱炎を発症し、ダービーを断念せざる負えなくなる。皐月賞前に僚馬アグネスゴールドが骨折していたこと、兄のアグネスフライトが現役であることから関係者各位で引退が決まる。
もともと、右前脚に不安があり、それをかばっていたために屈腱炎を発症したと言う意見もあったし、極悪の不良馬場での競争が引き金になったとも言われている。
誰よりも早く、誰よりも強く駆け抜けていったアグネスタキオン。生涯4戦、そのすべてが安定感のある勝ち方で、現役最強とまで言われていた彼のあまりにも唐突な幕切れに、ため息を漏らしたファンは多かった。
底知れぬ力を秘めながら、遂にそれを見せることはなかったが、彼が撃破したライバルたちが、後に世代を代表する馬になっていったことが、彼の強さを証明している。
幻の三冠馬、駆け抜けたその姿は、今も鮮やかにターフに刻まれている。
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